ウォール街の物理学者

ウォール街の物理学者

ウォール街の物理学者


各章で一〜数人の研究者に焦点を当て、エッセイ調で彼らの業績やエピソードを紹介。

1〜5章までは確率論・統計学の話。理論だけの人もいれば実際に投資に応用した人もいる。

6章はカオス理論、7章は自己組織化理論、、8章はゲージ理論の話。


著者は、物理学・数学・哲学の学位を持ち、カリフォルニア大学の助教をしているサイエンスライター

巻末に原著の参考文献があり、原注も訳出されている。



目次

導入 不可能を可能にした男

第一章 パリの孤独な天才

第二章 鮭の泳ぎと株価のゆらぎ

第三章 海岸線の長さはどれくらい?

第四章 ディーラーをやっつけろ!

第五章 物理学がウォール街にやってきた

第六章 サンタフェ街道の予想屋たち

第七章 ドラゴン・キングの足音

第八章 新たなるマンハッタン計画

終章 経済の未来を救うために



導入 不可能を可能にした男


世界一のファンドマネージャー ジェームズ・シモンズ

ルネサンス・テクノロジー社 メダリオン


メソポタミア文明の遺跡から先物取引の記録


2007年8月6日 ヘッジファンドポートフォリオに異変


タレブ『ブラック・スワン


全てのクオンツが失敗したわけではない

古いモデルに拘ったクオンツが失敗した



第一章 パリの孤独な天才


ルイ・バシュリエ ランダムウォークを最初に発見?

サミュエルソンが再発見


16世紀初頭 ジョロラモ・カルダーノ 医師・賭博師・数学者

シュバリエ・ド・メレ 作家 サイコロ賭博の戦略の良否に興味

上手くいく戦略とそうでない戦略があることを経験的に理解(理論値は勝率51%と49%)

サロンで数学者にこの問題について聞いたが興味を持たれず

興味を持ったのがパスカルフェルマーと書簡でやり取りし確率論の基礎を築く


バシュリエ ポワンカレに師事

ポワンカレはバシェリエを評価するも、それ以外の研究者には評価されず


ローマの詩人 ルクレティウス ほこりの動きを見て「はじまりのかけら」の存在を確信


ロバート・ブラウン 植物学者 水中の花粉のランダムな動きを記述

アインシュタインブラウン運動を定式化(バシュリエより5年遅い)

ベランにより実験的に検証


サミュエルソン 物理学も学ぶ


経済学 19世紀には政治哲学の一分野

金銭が注目されたのは1880年代以降


大恐慌後に経済学のポストが増える


ティンバーゲン 経済学に「モデル」という言葉を持ちこむ。理論よりは荒削りなもの


米国では1970年前後に制度が改正されるまでオプション取引が禁止


第一次世界大戦前は研究ポストは少なかったが、第一次世界大戦で研究者が死んだため、ポストに余裕が。



第二章 鮭の泳ぎと株価のゆらぎ


モーリー・オズボーン

海軍研究試験所で自由に研究する


1940年 ナイロンストッキング発売「火星人襲来よりもさらに革命的」

存在価値の薄れていたデュポン社の中央研究所の始めた基礎研究が開花


1942年 シカゴ大学の冶金研究所でプルトニウムの兵器利用の研究

マンハッタン計画 最大で13万人が従事、20億ドル(今の220億ドル)の予算

デュポン社の中央研究所のメンバーがプルトニウムの大量生産を可能に


バシュリエ 値動きが正規分布と主張

サミュエルソン、オズボーン 収益率(値動きの対数)が正規分布と主張


ウェーバー・フェヒナーの法則 相対的な変化を検出


オズボーン 大学院は中退したので、長期間学位なし

昇進のためにメリーランド大での学位取得を目指す

最初の博論は天文学だったがオリジナリティがないので却下

次の博論は株式市場だったが物理学から乖離しているという理由で却下

3つ目の博論は鮭の泳ぎに関するもので、これも物理学から乖離していると言われたが、大学側が生物物理の予算を狙っていたため受理


その後も株価の研究を続けるも、オプション取引にはさほど関心を持たず、価格の法則性を研究。

一度値が動いた後では逆に動きやすく、二度同じ方向に動いた後はもう一度同じ方向に動きやすい、など。

キリのいい数字の注文が多いことに着目した、世界初の自動投資プログラムを作成



第三章 海岸線の長さはどれくらい?


ニコラ・ブルバギ シューレム・マンデンブロらが論文執筆に用いた架空の人物名

甥のブノワも数学者を志すが、テーマ選びのセンスが奇抜


ジップの法則


ポーランド在住のユダヤリトアニア人(ナチス政権から辛くも逃れる)

父方の家系には、定職を持たないが周囲の人から相談を受けて報酬をもらう「賢者」が何人かいた

叔父の二人が学者、母親が医者


海岸線のパラドックス 微小な屈曲を考慮しようとすると、長さを測ることができない


酔っぱらった銃殺隊の銃弾の分布 コーシー分布(ファットテール

↑よく分からない例え。ランダムな過程が二つ(移動と狙撃)あるということ?


マルデンブロはリヨンの予備校に通うことになる

代数の問題を幾何学の問題に変換する能力があった


学位取得後にポスドクなどをするも、パーマネントな職に就くのは難しいと考え、30代半ばでIBMに就職


レヴィ安定分布 αが2だと正規分布、1だとコーシー分布、1未満だと平均が定まらない、1〜2だと平均は定まるが分散が定まらない

実際は株価の動きはファットテールではあるがレヴィ安定分布にはならないらしい



第四章 ディーラーをやっつけろ!


エドワード・ソープとクロード・シャノン


ソープは物理学専攻の後に数学に転向

MITに職を得て、当時すでに著名だったシャノンに面会

ブラックジャックのアイディア(カウンティング)を披露し興味を持たれる

後にルーレットの必勝法も試みる


ギャンブラーの破滅 利益を最大化しようと資金を全額賭け続けるとどこかで破滅する

最適な掛け金はどの程度か?

ジョン・ケリー・ジュニアの論文 ケリー基準

ルーレット予測マシンを作製し、二人の協力によって勝利


その後はシャノンと離れ、投資の世界へ

院生時代に株を買うも利益が出ないまま売却

銀を買うも一時的な暴落時に強制決済


当時はワラントが市場に出始めていたが、価格は経験的に設定

ソープはランダムウォーク性に着目して適正価格を算出し、裁定取引を行おうとした

ワラントはかなり割高なので、空売りする必要が


空売りのイメージは1970年代に改善

シカゴ学派は、「悪い情報も株価に反映させ、適切な価格に保つ手段」であるとした


空売りのリスクは値段が上がり続けること

元の株もある程度保有することでリスクヘッジ(デルタヘッジ)

リーガンとともにヘッジファンドを設立


バフェットとの出会い



第五章 物理学がウォール街にやってきた


フィッシャー・ブラック

最初はハーバードで社会関係論を学ぶ

化学と生物を齧った後に物理学に転向し、ハーバードの院へ

院に入ったからは数学と工学に関心が移り、ミンスキーに学ぶ

その後は社会科学に戻り、心理学を学ぶ


大学院を中退しITコンサルに

開発したプログラムがミンスキーの目に止まり大学に復学

応用数学で学位を修得するも再びコンサル会社(ADL)へ


資本資産価格モデル(CAPM) リスクとリターンを考慮


ショールズはMITの助教。社交的な性格


ブラック・ショールズ論文は米でのオプション取引開始とほぼ同時期


フリードマン ニクソン当選後にブレトン・ウッズ体制からの変更を要望


オプション理論の考え方の違い

ソープ オプションの適正価格をまず算出し、株と組み合わせてリスクヘッジ

ブラック まずリスクフリーの組み合わせを決め、そのリターンを算出する


シカゴ大学に招かれ充実した研究生活を送るも、私生活は上手くいかず

研究の幅を広げ、景気循環を説明する「一般均衡理論」を提唱

会計業界への反対運動

研究も政治活動もあまり支持されず


ブラック・ショールズ論文の協力者のマートンにGSの金融理論の専門家を紹介してくれという要望

ブラックにも心当たりを聞いたところ、本人が名乗りを上げる

1984年にGSへ。初期のクオンツの一人に


米国の物理学学位取得者

1958年 500人くらい

1965年 1000人くらい

1969年 1500人くらい

1957年以来のソ連との宇宙開発競争も受けて?

NASAの予算は1958年から1960年代半ばまでに70倍に

1966年には国家予算の4.5%に相当する60億ドルがNASAの研究費に

月面着陸以降、予算は減少し、学位取得者は職にあぶれる

その後予算はベトナム戦争を受けて軍事費に流れる

ベビーブーマーが大学を卒業したので、大学のポストも増えず


1970年代後半からインフレ&高失業率

金利を上げてインフレを抑制したが、債権価格も上がり、投機の対象に


1987年 ブラックマンデー ブラック・ショールズモデルが叩かれる

利益率が正規分布という仮定に疑問 マルデンブロが市場に復帰


ボラティリティ・スマイル


オコナー&アソシエイツ

グリーンバウムとストルーブがBSモデルを修正


ロングタームキャピタルマネジメント(LTCM) ショールズが所属

1998年のロシア国債のデフォルトで資金のほとんどを失う

一時期は1兆ドル(一桁違うのでは?)の資金を運用



第六章 サンタフェ街道の予想屋たち


フランク・オッペンハイマー 

マンハッタン計画のリーダーの弟で同じく物理学者

共産党に所属していた経歴により非米活動委員会に吊るしあげられる

弟子のインガーソンも冷遇され、ニューメキシコ州

そこのボーイスカウトでファーマーとパッカードを教える


カオス ローレンツの気象の研究で発見?


ファーマーとパッカードはソープの本に影響され、同様にルーレットの必勝法に取り組む

ソープと似たようなコンピュータによる予測法だが、ソープのものよりいくらか精度がよかった


院生が集まってカオス理論の研究会

教員の指導なしで協力して学位取得を目指す

データからのアトラクタの特定など


サンタフェ研究所で研究カンファレンス

経済学者との議論は噛み合わなかったが、金融の実務家とは噛み合った


パッカード 遺伝的アルゴリズムを投資戦略に応用


研究の裁量などの条件が折り合わず、資金の調達先を決めかねていたが、オコナー&アソシエイツが裁量を認めた上で資金のバックアップをすることに


ファーマーの会社がどの程度利益をあげたのか不明だが、かなり大きいと言われている

裁量取引だけでなく、直接株価を予測し利益を得る手法も


ブラックボックス的手法は、金融危機の際に叩かれた



第七章 ドラゴン・キングの足音


ディディエ・ソネット 破壊現象を研究

30年間で論文450本 物理学出身だが研究分野は多岐にわたる


1997年の10月の終わりに金融市場に異変が起こると予測

あらかじめ予測をしていた証拠にするために、フランス特許庁に文書を送付

実際に10月27日に大きく値を下げた(ただし翌日には60%ほど回復した)


17世紀初頭のオランダのチューリップ投機

1636-37年の冬には球根一つ5200ギルダー(現在の6万ドル)

1637年の2月のある日には、なかなか値がつかず前日の数分の一の値に

その日から数日で1%ほどの価格まで下落


ドラゴン・キング≒ブラック・スワン

パレートの法則ジップの法則に当てはまらない



第八章 新たなるマンハッタン計画


ゲージ理論 幾何学によって一見無縁なもの同士大きさを比較


1995年 CPI諮問委員会 CPIの精度向上


ヘルマン・ワイル 1913年にチューリヒ工科大学の学部長に

チューリヒ工科大学は2年前に教員養成校から大学に

卒業生であるアインシュタインも招かれた


ワイル 相対性理論の影響を受けてゲージ理論を提唱

ヤンとミルズが発展させ素粒子物理学の3つの力を統合


コースの定理

調停に必要なのは、損害のコストの正確な見積もり、所有権の明確さ、交渉が無料


アローの不可能性定理


米国の社会保障制度 1935年に開始。当初から反対が多かった

1970年代に年金破綻の可能性が懸念

ボスキンのCPI諮問委員会の目的の一つは、CPIを恣意的に調整し、インフレ下でもインフレ率を小さく見積もり、年金を抑制することだった

しかしその後、全米退職者協会などのロビー活動で見直しを迫られる


終章 経済の未来を救うために


債務担保証券CDO

投資対象として、国債以外に利息がついて価値が乱高下しない債権が必要とされた

GSに詐欺の疑い

ポールソンというヘッジファンドに価値の下がりそうなCDOを作らせた?


1934年 連邦預金保険公社FDIC)が預金を保護


米国では30年前から「影の銀行」システム

CDOなどによる投資システム

ベアー・スターンズなど


クオンツ危機

ポートフォリオが類似しているため、あるヘッジファンドが資金繰りに困って資産を売ると、他のヘッジファンドの資産価値も下がる


住宅ローンのデフォルトリスクを独立なものとして仮定(他の住宅ローンの影響を受けない)